注意されたとき素直に受け入れられるようになるには
以前仕事で知り合った、講師業を営んでいる人が話していた話。
その方は受講生の書いた文章を添削することがあるそうだが、なかなか難しいものだと言う。
一定の基準に沿って添削し、足りないところや勘違い、誤字脱字などに赤を入れて本人にフィードバックするのだが、その結果と自分の人格を混同してしまう人が少なくないと言っていた。
結果を受け取るとその場でものすごく落ち込んだり、ニコニコしながら受け取っても、その笑顔がひきつっていたりすると、人格を否定されたと感じていることがわかるのだそうだ。
相手がそういう反応をしたとき、どう言えばいいのか、毎回言葉に困っているのだと。
その話を聞いて、うーん面倒そうだな、と思ったけど、確かにそういう、全体に傷つき方が極端というか、プライドが高いというか、やや面倒な人間が増えている感じはする。
別に人格どうこうじゃなく仕事のミスを直してって言っただけなのに、ものすごく傷ついたり、なんでそこまで?っていうくらい必死に言い訳をしてきたり。なんだか知らないけど泣いちゃう女の子とか...(仕事なのに)。
その時間が無駄だから淡々と仕事の直しだけして欲しいんだけど。
でも、実は件の講師本人も、何か注意されたりしたら同じように感じることがあるもんだから言葉に困ってしまうということだった。
そう感じてしまうと、相手がせっかく良いことを言ってくれていてもそれを受け取れず、もったいないことにもなってしまう。
そんなときは、自分を客観的に眺めるというイメージを頭の中に作ると効果的だと力説していた。
自分の体を外から眺めるイメージで、そこに見える自分の姿勢、表情、そして呼吸を確かめる。
背筋はな伸びているか前かがみか、渋い表情か笑顔か、呼吸は深いか浅いかということが確認できると、自分の人格と注意されたこととを分けて考えられるようになると話していた。
注意されたからといって、自分が否定されたわけではない。
当たり前だけど、それを感じることができれば、注意されたことを素直に受け取れるようになるはずだ、と。
まあ私的には、そんなことしないでもそれなりに切り離して考えられそうなものだけど...切り分けがニガテな人にはいいのかもしれない。